謹告 朝倉哲彦先生におかれましては。平成26年9月14日、慢性腎不全のため死去されました(享年83歳)。
頭痛の原稿をいただいたのは平成25年のことでした。
この原稿が在りし日の患者さんにさやしい先生を偲ぶよすがとなりました。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
日本頭痛学会名誉会員であられる朝倉哲彦先生から頭痛の記事を連載していただけることになりました。
先生のご経歴をご紹介いたします。
■朝倉 哲彦あさくらてつひこプロフイール
鹿児島県 鹿屋市花岡町出身
1931年8月生まれ
1955年3月鹿児島医科大学卒後、国立東京第一病院外科、鹿児島大学神経科、British Columbia大学脳研、東京女子医科大学脳神経外科などを経て
1975年3月鹿児島大学医学部脳神経外科教授
1985-9年鹿児島大学医学部付属病院長
1997年3月 定年退官、4月鹿児島大学名誉教授
2011年11月 瑞宝中綬章受章
専門書のほか「北回帰線」「高千穂との対話」「稚心残月」以上近代文芸社、「旅愁流るる」「脳神経外科医の栄光と悲惨」にゅーろん社、受章記念出版「耶馬台国は何処か」自家出版、翻訳書「ガンマナイフ」にゅーろん社「脳のしくみとはたらき」講談社「外科の足跡」バベルプレスなどがある
今までの講座で、頭痛全般の成り立ちについて、また、特に片頭痛について、たっぷり勉強されたところで、やや視野を転じて、広く頭痛のいろんな種類や頭痛に関わるエピソードなどを眺めてもらうことに致しましょう。
麦角(ばくかく)の話
今ではトリプタン系の薬物が開発・導入されて片頭痛の患者さんたちは大いに救われています。ところがトリプタンが導入されるまでは惨憺たるものでした。効果のある薬物としては麦角剤しかなく、これが問題の多い薬物で散々苦労した話があるのです。
麦角は、ライ麦などのイネ科植物に麦角菌がついて産生します。昆虫の媒介によって、他の穂へと感染を拡げ、穀粒の代わりに菌核の実りをもたらすようになります。これをergot(図参照)といいます。
これが人体に悪い作用をすることは古くから知られ、紀元前400年ころから子宮毒とされていました。中世になってライ麦パンを食し、麦角中毒――四肢の壊疽と痙攣をおこす患者が増えて来てリヨンの聖アントニン寺院で治療した。寺院の跡は今はレストランになっています。
時は流れて麦角に近代的な手が加えられ、アルカロイドが抽出されて、その薬理作用が研究されて、血管性頭痛の代表である片頭痛に使われはじめました。効果は認められたが、副作用として、幻覚発生、嘔気・嘔吐、さらには誘発性の頭痛まで現れれて、本来の効果を示しきれなくなりました。ここでトリプタン系の薬物に王座を譲った次第であります。
鹿児島大学名誉教授、厚地脳神経外科・放射線科クリニック所長 朝倉哲彦
今まで学んできた片頭痛は、日常生活が悩まされる慢性のものでした。頭痛の病態はいろいろありますから後日まとめてみたいと思います。
まず急性に疾患の現れとして起こる頭痛があります。症候性の頭痛です。代表として脳血管性の疾患の症候です。脳血管の血管運動性すなわち伸び・縮みは片頭痛の発生に関係しましたが、今度は脳血管自体の病気が頭痛を起こす場合の話です。
直接血管が破れるか、血管が詰まるかしていわゆる脳卒中を起こした場合には頭痛を伴います。代表的なのがaクモ膜下出血、b脳出血、c脳梗塞です。頭痛の激しさから言うとa,b,cの順になります。
aの多くは脳動脈瘤の破裂によるもので中年の方が多く、何か作業中に、突然激しい頭痛に襲われるという形をとります。
bは日頃、血圧が高めの人が突然、頭痛を訴えて他に片まひか、しびれとか伴って起こります。
cは同じく片まひやしびれで発症しますが、頭痛はあっても軽いことが多いです。
わたしの知人の医師が旅先で頭痛と片まひの発作に襲われ、旅先の医者に診てもらったら脳梗塞だろうとの診断で、血栓融解剤の点滴を受けましたが、頭痛が去らず、まひも消えないので自宅に帰ってCT検査をしたら、脳出血であった事例があります。
急性の頭痛の場合時宜を逸せず、CT,MRIなどの検査を受けましょう。
わたしの外来に頭を打ったというオバアサンが見えて念のためCTでも調べましょうと言ったら、「いまどきCTですか?MRIかと思った」と切り返されたことがあります。
それほど臨床検査が普及している今日です。
関連の特殊な用語として「下垂体卒中」があります。脳の一番奥にぶら下がっている下垂体の腫瘍内に出血が起こって鼻の奥に痛みを覚える発作です。そういう頭痛もあるということだけ覚えて置きましょう
(本稿おわり)
頭を打つことは日常生活でも、しばしば起こります。座位から立ち上がろうとした拍子に家具に頭をぶち当てることはよくありますね。非日常的な頭部打撲は、交通事故に遭うとか、災害事故に巻き込まれるなどでしょう。
A 頭部打撲による痛み
硬い家具と硬い骨の間に挟まれた頭皮は浮腫むか、皮下出血が起こってタン瘤を作り、時間が経過するまでズキズキ痛みます。だが外傷性頭痛とは呼びません。手足や胴体でも打てば同じように痛みます。打撲痛です。
B 外傷性頭痛
外傷性頭痛とは一定の病態に従って起こってきます。
i) 急性外傷性硬膜下血腫
頭を固い物に打ちつけることによって頭蓋骨にヒビが入ります。骨折です。骨折線が脳を包んでいる脳膜の中硬膜動脈を横切り動脈を傷つけると動脈血が勢いよく噴出して硬膜の下に溜まります。脳を圧迫して激しい頭痛、意識障害、麻痺、痙攣などを起こしてくるので失命の恐れがあります。緊急の開頭手術が必要です。CT検査では凸レンズ型の血腫が見られます。(写真)
静脈洞の損傷でも速度は幾分遅いが同様の危機が現れます。
ii) 慢性硬膜下血腫
頭を打った時には比較的に軽く脳振蕩程度に済んだのに数日あるいは数週間経って、頭痛、吐き気、嘔吐、麻痺、などの症状が現れて来ることがあります。頭を打ったことを忘れてしまっていることもあります。いずれにしても外科的に硬膜下に溜まった血腫を排除しなくてはなりません。CT検査では凹レンズ型の血腫が見られます。
iii) 外傷後遺症としての頭痛
頭部打撲としては比較的に軽くて交通事故による場合、鞭うち症程度で経過しているのに、時には年余にわたって頭痛、めまい、吐き気、不眠などを訴えなかなか症状が消えなく、賠償問題が絡んでいる場合もあり、時にはうつ病、心気症との関連もあり厄介な症候群を呈することがあります。
(おわり)
化膿性髄膜炎や脳膿瘍の際には頭痛は必発であり、しかも激しい痛みを伴います。これに比してウイルス性や結核性の場合には、頭痛はそれ程強くはありません。(写真は脳膿瘍のCTです)
いずれにしても発熱、頭痛、吐き気、嘔吐、項部硬直、痙攣などで髄膜炎あるいは脳炎が疑われたらCT あるいはMRIで脳腫瘍や脳卒中を除外し早めに適切な治療を専門医に託すべきでしょう。一命を失う危険があります。
まず腰椎穿刺によって脳脊髄液の採取・検査,起炎菌の同定や広スペクトルの抗菌剤の投与は欠かせないことでしょう。脳膿瘍に対しては外科的に直接穿刺排膿する必要があります。
髄膜炎や脳炎などの感染症には流行があるので国立感染症研究所の発表に注意します。
小児の場合には頭痛を訴えないでポンポン痛いということがありますから、注意が必要です。
何れにしても素人には手に負えないので早めに専門家の基に入院しなくてはなりません。
補》低髄液圧症候群
髄膜炎では髄液圧が亢進して頭痛を覚えるのに対し、この症候群では逆に髄液圧が低くて頭痛が起こります。おう向けにしていると楽だが立位をとると堪えられない頭痛が起こります。
外傷の結果、髄液が髄液腔から漏れるのだという説がありますが、そうではなくて特発性に起るという説もあります。何れにしても専門医を煩わす厄介な病態です。(おわり)
頭蓋骨の内腔には正常でも脳その他の組織が一杯詰まっています。そこに脳腫瘍が発生したら、頭蓋内腔占拠性あるいは狭小化病変として内腔を占拠するので、頭蓋内圧が上がり頭痛が起こります。
脳腫瘍は生物学的・組織学的にいろんな種類がありますから発育の場所、発育の速度、発育の様式いろいろです。また転移性腫瘍が発見されて、逆に原発の肺癌や胃癌を見出すこともあります。
疑わしければCTまたはMRIで検査して早期に治療を始めないと致命的なことが稀でありません。この両者の検査で見逃すことは滅多にありません。
A 脳腫瘍の頭痛の発現機序
脳腫瘍は頭蓋内腔で有痛組織に対して物理的・力学的に牽引・圧迫などを加え、頭痛を引き起こすと看做されます。腫瘍の発生部位、大きさによる頭痛の強さについての調査報告が証左になります。また、頭蓋内の有痛組織から頭蓋外の組織に痛みが投射されることみ知られています。このことから投射部位から腫瘍の発生部位・性質などをある程度推定できます。
B 脳腫瘍の頭痛への対策
痛くて堪らない時には脳圧亢進降下療法や鎮痛剤の投与で切り抜けますが、根治療法の時期を逸することなく処理をしないと、致命的なことに落ちいる危険があることを忘れぬように致しましょう。稀には緊急性の減圧開頭術で切り抜けることがあります。
(おわり)
今まで頭蓋骨内の病気による頭痛について見て来ました。頭痛はこのほかにもいろんな病態で起ります。
頭蓋骨外の筋肉、筋膜、神経などのほか、眼、鼻、耳,歯、顎、首、頸椎などの絡む頭痛も稀ではありません。
煩雑な各種の頭痛を扱う前に、こんなにたくさんある頭痛の分類について一亘り見て置きましょう。
膨大な数に惑わされることなく、細部は専門家に任せて骨格だけを把握して置けばいいでしょう。
A Ad hoc委員会の分類
それまでにも多くの学者によっててんで個々に分類はなされていましたが、国際頭痛学会でも作ろうという機運が次第に高まってきて、そのための臨時のの委員会が神経学会の中に作られました。
その作業の結果が同委員会の分類1962年です。
表1に見られるような頭痛があります。
筆者の頭痛学の恩師喜多村孝一先生は、これでは分類ではない。寄せ集めだと言われて、自分で簡潔な分類を作って使っておられました。表2に示して置きます。
直後に国際分類が導入されたためか、広く用いられることなく経過した。
やがて国際頭痛学会も発足して、いよいよ頭痛は国際的に議論されるようになりました。
1988年に頭痛、脳神経神経痛、顔面痛の分類と診断基準が報告されました。
表3に骨格だけを示して置きます。
以上で、今までの頭痛の位致がよくわかり、これから出てくる頭痛も理解しやすくなったでしょう。
(おわり)、
表1 Ad hoc commiteeの分類 1962
I 片頭痛型の血管性頭痛
A 古典的片頭痛
B一般型 片頭痛
C 群発頭痛
D 片麻痺型あるいは眼筋痲痺型片頭痛
E 下半分頭痛
II 筋緊張型頭痛
III 混合型頭痛
IV 鼻血管 運動性頭痛
V 妄想性あるいは心気症性頭痛
VI 非片頭痛性頭痛
VII 脳神経の炎症による頭痛
VIII 眼、耳、鼻、副鼻腔、 歯、ほか頭蓋・頸部の疾患による頭痛
XIV 頭蓋神経炎
XV 頭蓋神経痛
表2 喜多村の分類 1967
血管性頭痛
片頭痛型
非片頭痛型
筋収縮性頭痛
牽引性頭痛
炎症性・神経痛性頭痛
眼・耳・鼻・歯疾患による頭痛 精神病学的頭痛
表3 国際分類 1988 (大分類のみ)
1片頭痛
2緊張型頭痛
3群発頭痛
4器質的病変を伴わない頭痛 5
頭部外傷に伴う頭痛
6血管障害に伴う頭痛
7非血管性疾患に伴う頭痛
8原因物質あるいはその離脱に伴う頭痛
9頭部以外の感染症に伴う頭痛
10代謝障害に伴う頭痛
11頭蓋骨、頸、眼、耳、鼻、副鼻腔、歯、口、あるいは他の顔面、頭蓋組織に起因する頭痛あるいは顔面痛 12頭蓋神経痛、神経幹炎、求心路遮断痛
13分類できない頭痛
今まで見て来た頭痛症は、主として頭蓋内の病変に起因するものでした。頭痛症の分類で全体を眺め渡してみると緊張型頭痛という珍しい名称が出て来ましたね。Ad hoc委員会の分類では筋収縮性頭痛というのがありました。
両者は細かく言うと意味するところが違いますが、一般的にはほとんど同義語と見做してよいでしょう。 敢えて区別について触れると前者は心理的・精神的緊張を多く含み、後者は結果としての頭蓋外筋の緊張・収縮を代表するものと考えてよいでしょう。
頭蓋外筋の圧痛があるものと無いものがあり、また発作性のものと、慢性持続性のものがあります。
心理的・精神的なストレスが続いて頭蓋外筋:僧帽腱膜、側頭筋、後頭筋、頚筋などに収縮が起こり、収縮が持続すると、局所の血液循環が悪くなり、老廃物質が蓄積して痛みをおこして来ます。筋収縮性頭痛の始まりです。だから、この頭痛を除くには鎮痛剤に頼るよりは心理的・精神的にリラックスして、適当な運動、マッサージなどで筋肉をほぐす方が安全で効果的であるといえましょう。
これで軽快しない時には、他の頭痛症を疑い
検査を進めるか、心理的・精神的に鬱状態であるかも知れないので、後に御話しするように専門家に相談した方がいいでしょう。
(おわり)
国際分類の中に、長ッたらしい項目がありましたね。大分類の11番目。Ad hoc委員会分類のVIIIとXIVです。
眼・耳・鼻・副鼻腔・歯ほか頭蓋・頸部の疾患による頭痛と頭蓋神経炎です。その他の顔面・頭蓋組織に起因するものまで含みます。
まず、視力低下があったり眼鏡の度が合わなかったりすると頭痛が起こりますね。外眼筋痲痺があって、焦点が合わない時にも頭痛が起こります。
耳の病気でも頭痛が起こって来ます。内耳の病気ではめまいを伴います。
慢性鼻炎、鼻アレルギー、血管運動性鼻炎など、慢性副鼻腔炎=蓄膿症は頭痛の元です。
歯の疾患、虫歯、欠損、歯並びの不正、噛み合わせの不整、咬合不全が続くと、頸筋が曲がり脊柱も曲がって来ます。
筆者の友人の歯医者さんは「頭痛」の治療を標榜して居られるほどです。
そのほか顔面や頭蓋の疾患で頭痛の起こるのは容易に理解できますね。
眼科医、耳鼻科医、歯科医、口腔外科医がそれぞれ待機しています。各専門家に受診しましょう。
(おわり)
頭蓋内外に見るべき疾患はないのに、執拗に頭痛を訴える一連の症候群があります。
頭痛だけでなく、頭重感、イライラ感、不安感、睡眠障害などを伴い、また身体的にも無力感、倦怠感、疲労感などを伴います。神経衰弱、心気症、うつ病などの段階があり、病前性格あるいは素質があると言われています。
発病の初期に適切な治療がなされないで、こじれてしまうと、全治に長い期間を要し、患者さんの人生を大きく変えます。就学・就職・結婚なども逸してしまいます。
治療としては、鎮痛剤に頼ることなく、メンタル・クリニック、心療内科、精神科などで心理療法・精神療法を行う必要があります。初期にためらわないで受診なくては悔いを千載に残すことになります。御家族の理解と決断が必要です。
早期に治療すれば患者さんも自信を取り戻し豊かな人並みの人生を送ることができるようになります。くれぐれも気をつけましょう。
(おわり)
頭痛協会代表 間中信也先生の御好意によりホームページに特設コーナーを設けて頂き、そこに頭痛四方山話をお喋りして来ました。10回に及びますが、頭痛症の実態のほんの一部を話したに過ぎません。そこで此処いらで一休みすることに致しましょう。
たびたび御出馬頂いて恐縮ですが、筆者の恩師喜多村孝一先生は
「君たちは、何千例に一例というような珍しい症例に出逢うと、剖検まで行って詳しく研究するのに、何万例といる頭痛症の患者をどうしてもっと研究しないのかね」とよくおっしゃっていらっしゃいました。全くその通りで、研究の足りない分野だらけです。たとえば「てんかん」と頭痛症の関係など不明のことに満ちています。
症例報告と統計的手法では全く趣が異なります。そこで思いを凝らし新しい手法で何時の日にかふたたび相い間見えんことを希みます。
長い間の御愛読有難うございました。
さようなら。